トップ ICJLE2018ヴェネツィア GNシンポジウム-中等教育-報告

ICJLE2018ヴェネツィア GNシンポジウム-中等教育-報告

2019年05月08日

ICJLE2018ヴェネツィア GNシンポジウム-中等教育-
「ヨーロッパ中等日本語教育とCEFR-外国語教育の意義と世界市民の育成-」

日時:2018年8月4日(土)14:00-17:30
会場:カ・フォスカリ大学 サン・ジョッベキャンパス Aula Magna Guido Cazzavillan(講堂)
企画:公益社団法人日本語教育学会国際連携委員会
担当委員:當作靖彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校),大舩ちさと(国際交流基金)
実施協力:ヨーロッパ日本語教師会
担当委員:根本佐和子(パリ南日本語補習校)

■シンポジウムの背景
 世界の外国語教育において、中等教育の重要さが注目され始めている。国際交流基金が2015年度に実施した調査によると、世界で日本語教育を行っているのは137の国・地域で、学習者数は2012年度の前回調査と比較すると減少はしているものの、依然として中等教育段階(中・高等学校)が約半数の約173万人(47.3%)を占めている。中等教育段階の日本語学習者が、全体の学習者数の中で最多であるという現象は、1990年代後半から変わっていない。
 にもかかわらず、これまで研究大会という場では海外の中等教育における日本語教育について取り上げる機会が非常に少なかった。そこで、公益社団法人日本語教育学会(以下、本学会)では、中等教育段階の日本語教育について議論することの必要性を認識し、2016年の日本語教育国際研究大会(バリICJLE2016)で世界5か国(アメリカ・インドネシア・オーストラリア・韓国・タイ)の現職の高校教師を招聘し、シンポジウムを開催した。このシンポジウムでは、現在、世界の教育行政が注目する「21世紀の新たな資質・能力の獲得」を目標においた教育実践の取り組みを中心に活発な議論が行われた。登壇者及び参加者間のネットワークも生まれ、意義ある機会となったことから、今後も継続して、中等教育段階の日本語教育に光を当てる機会を設けていくことの重要性が確認された。また、今後は中等教育段階の教員のみならず、中等教育の延長線上にある高等教育段階の教育関係者が共に壇上に上がり、議論する場の必要性も確認された。(バリ日本語教育国際研究大会(ICJLE)2016 シンポジウム実施報告
 前回大会のこの議論を受け、本学会は、2018年8月にイタリアで開催された日本語教育国際研究大会においても、中等教育段階における日本語教育を取り上げるシンポジウムを企画・実施した。

■シンポジウムの趣旨
 ヴェネチア大会シンポジウムでは、大会開催地域のヨーロッパに焦点を当て、中等教育段階の日本語教育の意義について論じる場を設けた。複言語・複文化主義を理念に掲げ、人が言語を学ぶ意義を示した「ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)」の下、中等教育段階において日本語を含む外国語を学ぶ意義はどこにあるのか、域内の主要言語ではない日本語はどのように位置づけられるのか、外国語教育は世界市民(グローバル・シティズンシップ)育成にどのように貢献するのか、また世界市民育成をめざした外国語教育とはどうあるべきかを議論し、日本語教育を含む外国語教育の意義を再考することを目的とした。
さらに、その議論を世界の日本語教育関係者に発信することをめざした。欧州評議会は2017年9月に新たに能力記述文を追加し、公表している(Companion Volume with New Descriptors )。そこでは、年少者向けの能力についての言及や、複言語・複文化に関する記述文も掲載されている。こういった新たな動きについても取り上げた。
 そのため、CEFRの開発にも携わったマイケル・バイラム教授を招聘し、「世界市民の育成と外国語教育」についての講演していただいた。また、ヨーロッパ域内の中等教育に関わる研究者・実践者をパネリストとして招聘し、ヨーロッパにおける中等日本語教育の意義について議論した。パネリストは、現職の中等日本語教員、大学において中等教員養成・試験開発・教材開発に携わる研究者、元中等日本語教員などから構成した。また、ヨーロッパおよび日本語教育グローバル・ネットワーク加盟国・地域において、世界市民育成を視野に入れた教育実践を行う教員に「実践レポート」の執筆を依頼し、事前にウェブで公開した。
 英国のハイスクールでの日本語教育実践レポート-ともに生きる世界をめざして-
 フランスの公立高校における日本語教育の実情と実践報告-CEFRと国民教育省のプログラムに準拠した外国語教育-

■構成
第1部:特別講演(マイケル・バイラム氏)
   質疑応答
第2部:パネルセッション(カレン・ラドック氏,松尾馨氏)
第3部:パネルセッション(佐藤紀子氏,東伴子氏,ジャン・バザンテ氏)
   ディスカッション・質疑応答
   マイケル・バイラム氏コメント

■登壇者プロフィール〔登壇順〕
 マイケル・バイラム氏
 カレン・ラドック氏
 松尾馨氏
 佐藤紀子氏
 東伴子氏
 ジャン・バザンテ氏

■シンポジウム
■第1部
趣旨
 社会情勢が目まぐるしく変化し、多様な人が共生する世界の平和を模索しなければいけない時代において、外国語教育はどのように人材育成に貢献できるのか、中等教育段階で日本語を含む外国語を学ぶ意義はどこにあるのか、外国語教育は世界市民育成にどのように貢献するのかについて、人が言語を学ぶ意義を示した「ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)」の策定に参加してきたマイケル・バイラム氏に議論していただく。また、CEFRの理念は教育現場でどのように実現できるか実践例を示していただく。

特別講演 「The Educational Value of Foreign Language Learning」 
マイケル・バイラム氏(ダラム大学名誉教授)
 発表要旨
 PPT
 論文
司会者コメント
 世界的に著名なマイケル・バイラム氏の特別講演もあり、非常に大きな関心を集めた企画となった。バイラム氏の講演には約250人が参加した。「何を教えるのか」ではなく「なぜ教えるのか」について考える場となり、今後の方向性を示すことができたのではないかと考える。参加者からもCEFRの理念がどのように実現されようとしているのかが見えて興味深かったといった声が聞かれた。

■第2部
趣旨
 第2部では、CEFRの理念をもとに学校教育のカリキュラムがどのように策定されてきたか。実際の日本語教育カリキュラムを紹介し、その目指す方向性と課題、カリキュラム導入が現場に与えるインパクトを議論してもらう。第2部では、CEFRの理念を現場で実践することに関わってきた2人に議論をお願いする。ラッドク氏にはアドミニストレータの立場からアイルランドの中学校のカリキュラムにCEFRがどのように反映されているか、松尾氏にはドイツのギムナジウムの教室内でCEFRの理念がどのように生きているかをお話していただく。

「New directions in the Teaching of Japanese in Second-level schools in Ireland」
カレン・ラドック氏(アイルランド教育技能省ポスト・プライマリー・ランゲージ・イニシアティブ)
 発表要旨
 PPT

「ドイツの中等教育においてCEFRの理念はどのように実現されているか」
松尾馨氏(ドイツ、シュタインバート・ギムナジウム)
 発表要旨
 PPT

■第3部
趣旨
 第3部ではCEFRの理念が現実の教育現場でどのように実践されているのかを、教科書の著書、テストの開発者、教師養成・研修の実践者である3人の方にお話いただく。

「CEFRに準拠した日本語教科書『DEKIRU』とハンガリーの中等教育における異文化間コミュニケーション能力育成の現状と課題」
佐藤紀子氏(ハンガリー、ブダペスト商科大学)
 発表要旨
 PPT

「中等教育・高等教育・社会をつなぐ評価とは―バカロレア日本語試験からの考察―」
東伴子氏(フランス、グルノーブル・アルプ大学)
 発表要旨
 PPT

「中等教育の日本語教師に今、求められるもの-教師養成の視点からの考察-」
ジャン・バザンテ氏(フランス国立東洋言語文化大学、INaLCO)
 発表要旨
 PPT

5人の発表の後、それぞれから発表で触れられなかったことなどの補足説明があったほか、パネリスト同士での質疑応答があり、CEFRの理念の現場への応用の現状がさらに明らかになった。

■総括
 第2部、第3部も200人以上の聴衆が参加した。発表のみならず、パネリスト同士の質疑応答、コメントに熱心に耳を傾けた。パネリスト1人のバザンテ先生から、CEFRは日本語が使われていないヨーロッパというコンテクストでできたものであるが、それが日本語教育にどのように関連しているのかという質問に対し、バイラム先生が「CEFRは普遍的である」とお答になり、CEFRの理念は世界中の言語教育の基盤であるとおっしゃったのが印象的であった。またCEFRの理念は理想的すぎて、達成が難しいという人が多いが、CEFRはそれを達成することを最終ゴールとしているのではなく、その理念を達成しようと希求(Aspire)することが大切であり、全員が希求することで教育が発展するのだと最後におっしゃったことも心に残った。
 過去50年ほどの世界の外国語教育を見ると、良い考えというのは全てが初中等レベルから出てきたと言って過言でない。その考えが上に上がってきた時にその動きを止めるのはいつも高等教育レベルの教師であった。このため高等教育レベルの外国語教育は旧弊な方法、内容のまま変わらず、初中等レベルの教育とのアーティキュレーションも達成できなかっただけでなく、外国語教育全体の発展の大きな妨げとなってきた。例えば、最近のアクティブラーニングの実施が高等教育レベルでさかんに言われているが、アクティブラーニングは初中等レベルではごく当然のこととして古くから行われてきた。今回シンポジウムを開催し、中等レベルの日本語教育の理念、カリキュラム、教室活動、教材開発、評価、教師養成・研修で今どのようなことが起こっているかが明らかになったが、大学レベルの教師に多いに参考してもらいたい。これからも中等レベルの日本語教育でのイノベーションを支援し、そのイノベーションを高等教育レベルの教師に知ってもらう機会を作ることの重要性を強く感じた。

■成果
①外国語教育・日本語教育の果たす役割についての発信・受信
 世界市民の育成は、ヨーロッパのみならず世界各地で教育目標とされる概念である。その中で外国語教育が担う役割について論じることができた。単に言葉を学ぶための日本語教育からの脱却のために何が必要なのか、何をすべきかを議論することは、今後の日本語教育の発展、さらなる貢献につなげることができた。

②中等教育段階の日本語教育への関心の喚起
 ヨーロッパ日本語教師会の年次大会においても、中等教育に関する研究は多くはないという現状があるという。世界的に著名な講演者マイケル・バイラム教授を招いて中等教育に関する特別企画のシンポジウムを開催することで、日本語教育関係者の中等教育段階の日本語教育に対する関心を喚起することができた。

③CEFRに基づく中等教育段階の日本語教育実践の発信・受信
 CEFRは世界の言語教育に影響を与えている。ヨーロッパではCEFRの理念がどのように中等教育段階に影響し、またどのように高等教育における学習とのアーティキュレーションにつながっているのかは、他地域の日本語教育関係者にも有意義な情報を与えることができた。
 本大会では、2016年のインドネシア・バリ大会で出た、中等教育の教員だけではなく、大学の研究者がともに議論する場を望む声にこたえて、多様な立場から関わる実践者・研究者に登壇を依頼した。高等教育からは、中等教育に関わりのある研究者に登壇していただいたが、それでも研究発表という形で中等教育に向き合うことはこれまで少なく、今回のシンポジウムをきっかけに中等教育のおもしろさ、先進性を感じたという。中等教育に対する関心の喚起は一つの目的であったが、それが達成できたといえる。

④参加者のネットワーキング
シンポジウムを通して、中等教育段階の関係者同士のみならず、さまざまな教育段階の日本語教育関係者と交流し、ネットワークを形成することができた。今後、教材や教授法の開発など、教育段階・国・地域を超えてプロジェクトを進める必要がある場合には、重要なネットワークになると期待される。

 

今大会の基調講演者である鳥飼久美子氏も本シンポジウムに参加していたが、閉会時のあいさつでは、日本語教育関係者がCEFRのレベル指標だけでなく理念を意識して実践していることに刺激を受けたとの発言があり、日本の英語教育にも間接的にインパクトを与えることができたのではないかと考える。また、本大会では、2016年のインドネシア・バリ大会で出た、中等教育の教員だけではなく、大学の研究者がともに議論する場を望む声にこたえて、多様な立場から関わる実践者・研究者に登壇を依頼した。高等教育からは、中等教育に関わりのある研究者に登壇していただいたが、それでも研究発表という形で中等教育に向き合うことはこれまで少なく、今回のシンポジウムをきっかけに中等教育のおもしろさ、先進性を感じたという。中等教育に対する関心の喚起は一つの目的であったが、それが達成できたといえる。